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16年ぶりに名古屋城の金シャチが降臨!
地上での一般公開がはじまりました。
さらに、栄・ミツコシマエヒロバスの特別展覧では刀剣乱舞とのコラボも行われます。
せっかくだから、金シャチ公開にあわせて名古屋市市内にある刀剣ゆかりの地もまわりたい!
…ということで、メーグルと地下鉄を利用して、栄のミツコシマエヒロバスと所蔵元2ヶ所などを結んでみました。

今回のルート
「名古屋駅」→(観光ルートバス・メーグル)→名古屋城→(メーグル)→徳川美術館→(メーグル)→栄(ミツコシマエヒロバス)→(地下鉄名城線)→熱田神宮


名古屋市内の実装刀所蔵元は、
徳川美術館(鯰尾藤四郎物吉貞宗後藤藤四郎・南泉一文字・山姥切長義…こと本作長義五月雨江)
熱田神宮(太郎太刀次郎太刀)
この二ヶ所。
今回は観光ルートバス・メーグルを使って回ってみました。
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所蔵元や主だった観光地は鉄道・地下鉄・市バスなどでもアクセスできますが、徳川美術館がちょっとだけわかりづらい…。
最寄り駅の「大曽根駅」からは徒歩10分ほど、バス停は徒歩3分と少し離れています。
メーグルだと、専用バス停が美術館敷地に作られているのでわかりやすく、栄へもここから一本で行けるので楽チン。
一日乗車券・ドニチエコきっぷといったお得な切符も利用できます。
難点は平日だと時間帯によって一時間に一本と少なくなることですが…。
※徳川美術館の休館日・月曜は運休。

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スタートは「名古屋駅」。
メーグル乗り場は、市バスターミナル・11番のり場。バスターミナルは、桜通口…高島屋側、金の時計がある出口から出て左手側です。
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11番のりば。メーグルは料金前払い。一回・おとな210円。
地下鉄と市バスが乗れる一日乗車券・ドニチエきっぷ、交通系ICカードも利用可能です。
地下鉄とあわせてまわるので、一日乗車券・ドニチエコきっぷを使うとお得になります。

車内では名古屋おもてなし武将隊の徳川家康さまのガイドを聞くことができます。
(コロナ前には、直接ボランティアガイドさんが乗車・説明することもありました)
さらに現在は、名古屋の「コスプレホストタウン宣言」に関連して、声優の古谷徹さんが車内アナウンスに参加しています。(通常だと武将隊の陣笠隊)
徳川家康&徳川太助…。

バスターミナルを出発。
トヨタ産業技術記念館、ノリタケの森、四間道(しけみち)を通り、名古屋城に到着。
名古屋城も、実装刀剣ゆかりの地なのでここで途中下車。

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名古屋城
尾張藩の居城。築城したのは徳川家康公です。
空襲で焼失するまで、江戸時代の天守や御殿が残っていました。そのため緻密な測量図や写真などが残っており、現在それをもとにした天守木造復元の計画が進められています。

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こちらは復元された本丸御殿
天守閣は現在立ち入りできませんが、こちらの本丸御殿は見学できます。

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徳川家康や尾張藩ゆかりの刀剣はいくつかありますが、特に名古屋城天守閣とつながりが深いのは、
鯰尾藤四郎一期一振
「御殿守有之御腰物御脇差帳」という名古屋城天守閣に納められた刀剣の記録にそれぞれ名前があります。
鯰尾は、今でも尾張徳川家ゆかりの徳川美術館に伝わっていますが、一期は天皇に朝廷に献上され、現在も皇室の持ち物です。

城内の見学を終えて、ふたたびメーグルに乗ります。

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名古屋城からは徳川美術館方面と名古屋駅に帰るルートが出ています。乗り場はおなじなので、並ぶ列・バスの行き先を確認して乗車を!

「名古屋城東・市役所前」バス停の次が徳川美術館最寄りの「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」です。


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徳川美術館到着~。
敷地内にバス停があるので、わかりやすいですね。

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徳川美術館
訪問時は桜が満開でした!

徳川美術館は、尾張徳川家の品々を展示する美術館。
刀剣類は、主に第一展示室や、特別展で見ることができます。
第一展示室では、入れ替えを行いながら常になにかしらの刀剣が展示されています。
そのため、実装刀も常設ではなく期間限定の公開。
訪れた時は、五月雨江(五月雨郷)、後藤藤四郎が展示中でした。
実装刀の公開がない時でも、ミュージアムショップでは徳川美術館オリジナルの実装刀グッズが販売されています。

徳川美術館は、尾張徳川家19代・義親氏によって昭和10年に創設されました。
展示品は尾張徳川家所蔵のものを、ほぼそのまま引き継いでいる形です。
(美術館開設前に尾張家から財団法人徳川黎明会に寄付というかたちになっていますが)
刀剣乱舞がサービス開始した2015年はちょうど開館80周年・家康公没後400年にあたっていて、それにあわせた特別展も行われていました。
現在の館長さんも尾張徳川家の御当主。
管理者は財団法人に変わってはいますが、実質的には今も尾張徳川家とゆかりがあるといえます。

実装刀の簡単な尾張徳川家伝来の経緯・来歴

鯰尾藤四郎→家康公の形見分けとして尾張徳川家へ。
物吉貞宗→家康公の没後、尾張徳川家へ。(正式な形見分けとは異なる手順での入手)
後藤藤四郎→のちの尾張二代・光友公と、家光公の長女・千代姫との婚礼の際に贈られた。(この時、同じく贈られたのが初音の調度と五月雨江)。
南泉一文字→鯰尾同様、家康公の形見分け。
本作長義(以下略):尾張三代・綱誠公が購入。
五月雨江(五月雨郷):後藤藤四郎と同じく、千代姫の婚礼の際に尾張徳川家へ。その後、三代・綱誠公の遺品として将軍家に献上。
昭和19年にかつての将軍家・徳川宗家から譲り受ける。

鯰尾・物吉・南泉は、家康公の形見分けからずっと尾張徳川家。幕末までは一期一振も伝えられていました。
それに、後藤・五月雨・本作が続きます。
五月雨は綱誠公の没後に将軍家に献上されます。
実は後藤もこれとは別な時に将軍家へ献上させよという話があったのですが、スッパリ断っています。
江戸時代は、刀剣の献上贈答がいろんな場面で行われていました。
実装刀だと亀甲貞宗も一時尾張徳川家が所蔵して、その後将軍家に献上されています。

尾張徳川家では、所蔵の刀剣を分類・番号をつけて管理していて、献上も含めて出してはいけないのもの、主人の差料、購入品、贈答用にしてもよいもの等、様々なランクがありました。
そのうち「文政元帳」という蔵帳の番号は以下の通り。
文政元帳・蔵番
鯰尾:仁 二-四十一
後藤:仁 二-十九
南泉:仁 二-六十九
本作:礼 一-六

神君家康公愛用の名刀として別格扱いの物吉、文政年間には将軍家にあった五月雨には番号はありません。
文政元帳では、仁・義・礼・智・信の5つで刀剣を分類していました。
鯰尾・後藤・南泉の「仁」は、家康公の形見分けや、将軍からの拝領などの名刀。
さらに贈答品にするのはダメ、将軍家への献上もNGという、まさに「門外不出」クラス。
(「拝領した刀はまた何かの機会で献上する」ということは普通にあったことなので、この点で尾張徳川家の贈答ルールは特別だったようです)
本作の「礼」は当主の差料として使用する刀が選ばれました。
いずれも、簡単に売ったり贈ったりということはせず、代々大切に伝える刀剣という扱いです。

このように、江戸時代を通じて、五月雨を除く5振は尾張徳川の刀であり続けました。
そして幕府がなくなり、かつての大名家が生活のために所蔵の品々を売りにだすようになった明治以降。
尾張徳川家は大名文化を保存・公開するためにこの徳川美術館を創設。そこでの散逸も防ぐことができました。
今も尾張徳川家の名刀を、同じくゆかりの品々とあわせて、ここ名古屋の徳川美術館で見ることができるのは、こうした「守り伝える」流れがあったおかげ…といえるかもしれません。

徳川美術館の見学を終えて、次は栄へ。

先ほどのバス停からメーグルに乗ります。

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「名古屋テレビ塔」で下車。

バス停は名古屋テレビ塔の近く、オアシス21の隣です。
刀剣乱舞コラボチケットでの展示が行われるミツコシマエヒロバスは、ここより少し南。
南に進み、途中で横断歩道を渡ります。

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ミツコシマエヒロバス
名前の通り、三越前にあります。この時はまだ開催前。
(ミツコシマエヒロバスでの「金シャチ特別展覧」は令和3年4月10日~7月11日)

今回の刀剣乱舞コラボは尾張徳川家ではなく、徳川家康公ゆかりの刀で固めてきています。
そのあたり、徳川美術館さんにも色々あると思いますが…。

(徳川美術館は現地でのコラボは皆無。コラボグッズも大分前のコミケ出張の時の切手シートだけ。他館での展示ではコラボグッズが出るけど、刀身の写真は絶対使用しない。…と、これまで独自の方針をとられているので、今回のコラボにも噛んでおられないのも、わかるといえばわかるのですが。
でも、家康公つながりで、あまり名古屋と縁のない刀が全面に出てるのもなぁ…と思う次第)

※追記→ついに、ついに!
徳川美術館と刀剣乱舞の現地での公式コラボが発表されました!
(もっとも金シャチとは別口ですが)
恒例の名古屋港水族館「鯰の尾ってどんな尾?」ともあわせてとは、また素晴らしい…。
この数年間の独自路線もたいへん愉快でしたが、ついに現地コラボ!というのはまた感慨無量ですねぇ。

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次は熱田神宮へ。
ミツコシマエヒロバス近くの地下鉄「栄駅」から名城線に乗ります。金山・東海通方面へ。
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栄からは「名城線左回り」に乗ります。
ここは要注意。
「名古屋港」行きに乗ってしまうと、途中の「金山駅」で別方向の名港線に入ってしまいます。
乗る前にしっかり行く先の確認を。(過去二度ほどやらかした審神者がここに…)

熱田神宮は、「神宮西駅」か「伝馬町駅」が最寄り。正門・表参道は「伝馬町駅」。「神宮西駅」は宝物館近くの西門から入ります。
今回は「神宮西駅」から向かいます。

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案内に従って地上に出ると、神宮西側の歩道。
まっすぐ南に歩いていきます。


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しばし歩くと、西門です。
西門から入ると、まっすぐ正面に宝物館があります。

と、その前にまずはお参り!
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熱田神宮の御神体は草薙剣
そのため、昔より刀剣が多く奉納されてきました。
太郎太刀・次郎太刀もそんな奉納刀のひとつ。
ほかにも、藤四郎吉光の作で膝丸のデザインにも反映されている?といわれる蜘蛛切丸、一級資料『信長公記』にも記録された妖刀・痣丸、重文のあつた国信など、国宝・重文・県指定文化財をはじめとした名刀が多く所蔵されています。
『平家物語剣巻』などによれば、かつて髭切もこの熱田神宮にあったとか。


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刀剣などの神宝・所蔵品を展示する宝物館

太郎太刀はここの入り口で常設展示されています。訪問時はめずらしく太郎太刀にかわって次郎太刀が公開されていました。
太郎太刀(or次郎太刀)は無料で拝観可能。
左手展示室内は別途拝観料。
太郎太刀・次郎太刀は、姉川の戦いで奮戦した真柄直隆・直基父子の刀とされ、次郎太刀は朱銘から勝利した織田信長軍側の人物による奉納と考えられるそうです。
だとすれば、姉川の戦いからそれほどたたないうちに奉納され、それからはずっと熱田神宮にあったことになります。
神事の行列を描いた絵図に二振が描かれることもあり、そういった行事に用いられる役目もあったようです。


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宝物館と参道を挟んだ向こう側では、令和3年秋開館予定の刀剣専門展示館「剣の宝庫 草薙館」の工事が進められていました。
完成すると、太郎太刀・次郎太刀ともにこちらでの常設展示となります。
展示スペースもかなり増えるのかな?
完成予想図では、鍛練場のような箇所も描かれています。奉納鍛練もここでみられるっぽい?
今から楽しみですねぇ。

↓以前まとめた熱田神宮の記事はコチラ。



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これにて、名古屋刀剣めぐりは終了!
ここからスタートの「名古屋駅」に戻る場合、さきほどの地下鉄を乗り継ぐ(「栄駅」で東山線に乗り換え)か、神宮の東側にある名鉄「神宮前駅」・JR「熱田駅」から乗ると楽です。(JRは本数が少なめ、一時間4本くらい。名鉄のほうが本数は格段に多いです)

メーグルと地下鉄を活用して、上手く回ることができました。
もちろん、これ以外のルートもありますが、観光地気分を味わえる・あまり歩かずに済む(観光地のすぐ近くに停車する)ならメーグル活用もアリという感じでしょうか。
ただ、平日にもそこそこ人が乗るバスなので、密を極力避けたいということなら、地下鉄やJR・名鉄のみ、という方法もいいかもしれません。

おまけ。
刀剣乱舞コラボの方ではありませんが、名古屋城での金シャチ公開を見てきました。

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金ぴか金シャチ!
原寸大レプリカもあるけど…改めて見るとやっぱりデカイ。そして滅茶苦茶ピカピカ。
これだけピカピカしてりゃ、屋根の上でも目立つハズですわなぁ。


しかし…。
写真には写ってませんが、そこそこ密です!
平日は特に制限せずに入れたため、金シャチに近い内周は結構な人が集まっていました。
(外周は割りと空いていましたが)
長く立ち止まって撮影とかしないでね!という注意はありましたが…大丈夫かなぁ。

おまけ2。
おもてなし武将隊の方々が出陣されていました!

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豊臣秀吉さまと、

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前田利家さま。
かっこええ!マスクもおしゃれ!
秀吉さまには後で写真を撮らせて頂きました~。
歴史改変でなく、元主と写真がとれる!さすが名古屋城!
しかし、コロナで諸々のおもてなしも大変でしょうねぇ…。
早いところ、収まってほしいところです。
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金ぴかと青空…。




【そのほかの刀剣ゆかりの社寺】
【参考文献】
「徳川美術館所蔵 刀剣・刀装具 」徳川美術館
「熱田神宮の宝刀~鑑賞のしおり~」増補改訂版 熱田神宮